2014年02月05日

仮設住宅不要論

コチラの記事が震災などの際の仮設住宅は不要であるという主張をしている。

 仮設住宅の用地が足りないというが、そもそも、仮設住宅そのものが不要である。理由は、以下のとおり。

 第1に、大量の仮設住宅を建設することは物理的にできない。東日本大震災のときでさえ、建設できた戸数は限られていたし、それが全部できたのは1年以上も後のことだ。比較的量の少ない東日本大震災でさえこうなのだから、南海トラフ地震では、全数が建設されるのは、5年以上もかかるだろう。とすれたば、たとえ土地があっても、建設が不可能なのだから、土地を用意しても無駄なのだ。

 第2に、仮設住宅が用意されると知ると、それを待つ人々が、避難所から出て行かない。東日本大震災のときでも、「仮設住宅に入りたい」と思う人が、避難所でいつまでも惨めな暮らしをしていた。そのせいで、避難所で死者が大量に発生した。(後略)

 第3に、コストだ。仮設住宅は、たったの2年ぐらいしか済まない[ママ]くせに、莫大なコストがかかる。その一方で、仮設住宅のかわりに既存の賃貸住宅を使えば、コストは激安で済む。(後略)

地震で仮設住宅を設置するな

「仮設住宅に2年しか住まない」と言っていることで、この人が阪神大震災のとき、被災者がどのくらい仮設住宅に住んでいたかを知らない。最長で5年だった。東日本大震災ではどれくらいかかるかまったくわからない。

また、日本には、大量の空き家・空き部屋があるので、それを使えと主張している。

 では、正しくは? 「既存の住宅を使うこと」である。幸い、日本には大量の空き家・空き部屋がある。それらを使えば済むだけのことだ。(同上)

大量の空き家・空き部屋は存在するが、それらが居住可能なようにちゃんと管理されているかというと、そうではない。廃屋化しているのが多いのだ。理由は、税金対策だったり、「既存不適格」でもてあましているからだ。

空き家問題

しかし、もっとも大きなマチガイは、被災者が避難所から出て行かない理由と、避難所で多くの震災関連死が発生した原因だ。

これらについては、建築家で横浜市立大学教授でもある山本理顕さんが、阪神大震災の被災者の避難所・仮設住宅での生活を調べ、東日本大震災の発生直後に行った「仮設住宅にかんする提言――いま何ができるか」にくわしく書かれている。

仮設住宅に関する提案──いま何ができるか

まず、被災者が避難所から出て行かない理由は、下図を見て欲しい(クリックすると大きな図になる)。

kasetsu120204a.png

阪神大震災のとき、たくさんの人が家と家族を失い、コミュニティの基盤が崩壊した。しかし、地域の避難所で生活しているかぎり、地域のつながりは残っていたのだ。ところが、家族ごとの抽選によって入居者が決めるやり方では、人々はバラバラになってしまい、コミュニティが完全に崩壊してしまった。仮設住宅の暮らしの後、元の場所に家を再建する人、復興住宅に入居する人、県外に移転する人などで、コミュニティは再生されなかったのだ。

このことをふまえて、東日本大震災が起きたとき、山本さんは、既存のコミュニティが壊れないように、地域ごとの入居、グループごとの抽選を提言したが、それは、一部を除き、受け入れられなかった。

人々が避難所を離れなかった理由は、仮設住宅に入居できるからではなく、移転することで既存のコミュニティが壊れるのが嫌だったからなのだ。これは、仮設住宅への入居が決まっても、(山本さんの提言が受け入れられなかったから)解決できない問題である。多くの被災者は、後ろ髪を引かれる思いで、仮設住宅に入居して行った。このあたりの事情はNHKのドキュメンタリーで放送されてたんだけどね。


つぎに、避難所で多くの震災関連死が発生した問題であるが、これも山本さんは提言していた。

体育館で仮住まいをしている人たちに対する支援策もいろいろ提案されているけど、注意したいのは、例えば単にカーテンなどで仕切って、個人のスペースや家族のためのスペースをつくるという方法は必ずしもプライバシーの確保につながらないということ。

プライバシーは個室ではない。あるいは家族のための部屋ではない。

私たちは個人がプライバシーの単位、あるいは「1住宅=1家族」をプライバシーの単位だと徹底的にすり込まれてしまっているから、プライバシーというとどうしてもその刷り込みが働いてしまう。

その刷り込みを払拭して、相互扶助を前提とするような共同居住を前提にする。

これに続いて、以下のような、具体的な仕分け方法を提言している。

1.男ゾーンと女ゾーン
2.幼児の世話ができるゾーン
3.暗いゾーンと明るいゾーン
4.高齢者・要介護者ゾーン
5.食事ゾーン

それぞれの説明は、上記のリンク先を見て欲しい。

この提言も、一部を除き、受け入れられなかった。相互扶助を前提として共同生活をおくる避難所になっていなかったのが、震災関連死増加の原因だったと考えられる。


くり返し「一部を除き」と書いてきたが、その一部はどうだったのか、これらは建築家がかかわってつくられた木造仮設住宅のことだ(多くの仮設住宅は軽量鉄骨造)。難波和彦(著)『新しい住宅の世界』(放送大学教育振興会、2013年)によると、性能・居住性・デザインで他の仮設住宅より優れていたので、被災者から歓迎された。とくに、一室空間的なデザインで必要に応じて仕切る方法は、狭い仮設住宅を有効に利用できると好評だった(多くの仮設住宅は、プライバシー重視の観点で、狭い空間をさらに細かく仕切っている)。

しかし、山本さんらが主張した、玄関を向かい合わせにする配置を嫌がる被災者がいて、問題になった。この既存のコミュニティを重視する配置法は、既存のコミュニティを壊さない居住を前提としているので、バラバラに集められた被災者には(アタリマエだが)不人気だったようだ。しかし、難波さんは、2年間の間に新たなコミュニティがまったくつくられないこともないので、その可能性は残っていると考えている。従来の並列配置では、その可能性すらないのだから…。


posted by 王子のきつね at 20:00| Comment(0) | 考察など | 更新情報をチェックする
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