撮影は2012/11/9
この家、都内にあるのに、なぜかふじみ野支店が建てたらしい。たぶんS支店長と同じで、担当者がふじみ野支店に移ったんだろうな。
ちなみに、1階はコーヒーショップになる予定だとか、開店したら行ってみたいな。
【2012年11月9日】
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撮影は2012/11/9
木がじゃまで見えない。w
南東側
南西側
北西側
工場生産することで、部材を雨に濡らさず、品質を維持できるほか、部材の切断から溶接、穴あけ加工まで すべてコンピュータで精緻にコントロールするなど、現場では実現できない高精度で高品質な家づくりを実現しています。
セキスイハイムでは、1軒の家を複数のユニットに分けて、それぞれのユニットに外壁取り付けや配線まで工場で行います。それを現場に運び、ほぼ1日でユニットを組み上げます。 雨風にさらされることなく組み上げられるので、部材の品質を損なうことがないユニット工法。 それは、機械で精巧につくられた住まいの品質を維持し、高い住性能を実現する住まいづくりを実現します。
東側
西側
アプローチ
駐車スペース
2011年3月11日東日本大震災では、マグニチュード9.0の大地震と大津波が発生しました。未曾有の災害に遭遇したSE構法の建物は1,227件。中には高さ7.5mの津波の直撃を受けた建物もありました。しかし全ての建物は震災に耐え、構造被害ゼロが確認されたのです。
画像を見てみてください。この荒れ果てた大船渡に、8mもの大きな津波に耐えたSE構法が一棟流されずに自立していました。前情報で残存していた事は知っていましたがいざ目の当たりにするとまた言葉がでません。
あの津波に耐え、ただ耐えたSEの建物が立派に感じました。大きな損傷は流れてきた船がぶち当たった跡と云う事でした。
NCNさんの技術部門の方いわく、この建物を調査したら一部の構造材を取替えるのみで再生可能とのこと。あらためてSE構法のすごさを実感しました。
▼2011年07月02日(土) 被災地へ
なぜか週に二度も安藤忠雄さんの建築を見ることになりました。
一つ目は六甲の集合住宅・・・ 何を今更・・・と言われそうですが、兵庫県に住んでいながら見に行くことがありませんでした。20年以上前の建物ですが、今でも立体的な美しさは見事でした。
2つ目は今、住宅の依頼の相談を受けているT様が検討している芦屋市奥池町にある旧コシノヒロコ自邸、現アトリエを見ました。前回奥池町に行った時にも探したのですが道路沿いの塀しか見えず、建物自体はそこから下っていく坂に埋もれるように建っているため見過ごしていました。
こちらもやはり非常に美しい形状でした。
ところが・・・、昔から住まれるT様によると、以前は住まれていたそうなのですが湿気がひどすぎるのと寒いのがこたえて今は住まずにアトリエとしてのみ使っているとのことでした。
奥池町は兵庫県で最も寒いと言われるところです。データが見つからないのでなんともいえませんが、その次くらいに寒い三田市がマイナス6℃くらいは毎年何度かあります。それよりかなり寒いということなので、おそらくマイナス10℃くらい行くのかもしれません。これは仙台よりもはるかに寒いことを示します。しかしながら、国の基準では神戸市と同じ断熱性で良いということになっているので、神戸市内と同じ仕様の建物が普通に建てられてしまいます。
そんな土地柄で、無断熱でシングルガラスを大量に設置し、しかも面積が広い・・・。いかにコシノさんといえど、住み続けることはできなかったということです。
▼なぜか週に二度も安藤忠雄さんの建築を見ることになりました。
近所の安藤忠雄住宅がわずか9年で解体されています・・・
うちの家のすぐ近所に安藤忠雄氏が設計した超有名住宅「4×4の家」が2棟建っています。西側にあるコンクリート造が2003年、東側にある木造が2005年に建てられました。
(中略)
この建物、建設時の様子がNHKでスペシャルが組まれるほどの注目を受けましたが、新しい木造の方が10年を待たずして解体に至ったのは本当に驚かされました。
▼近所の安藤忠雄住宅がわずか9年で解体されています・・・